「笑うサボテン」

作家・写真家・絵描き

イシズマサシ

寒くてたまらない。頭痛もひどいし吐き気もする。関節のふしぶしも痛くてだるい。
「クーラーのない車で炎天下の中を何日も過ごしていた」「ごはんがわりにケチャップ味のポテトチップばかりかじっていた」「大量に買い込んだ安い缶ソーダを水代わりにごくごく飲んでいた」思い当たるふしだらけ。


車を止めて外に出ると、そのまま路端にしゃがみこむ。砂漠の中の一本道では、すれ違う車もほとんどない。
「メキシコで、街の広場にあった水道水をがぶ飲みしたな」ふと、4 日前のことを思い出す。「それだ!」と、いう声がした。


頭を上げると、5メートルはあろうかという巨大なサボテンが、こちらを見下ろしている。
それがどうにも人の姿に思えてならない。
日本を離れ早1年、このところ次から次へとモノが壊れていく。車のエアコン、スピードを一定に保つクルーズコントロール、昨日はカメラで、レンズの結合部が抜けレンズがむき出しになってしまった。


「次は俺の番かな」
つい、サボテンにしゃべりかける。
そのとき人形(ひとがた)のサボテンが笑った気がした。陽気で明るい笑いだ。
自分の無知と愚かさの自覚があるとき、笑われるのはさほど嫌じゃない。
もはや目の前にいる人でないものに温かみや優しさを感じはじめている。
気合いで立ち上がり、トランクからセロテープで応急処置したつぎはぎだらけのカメラを取り出した。

ガラクタなのは自分である。そのことを思い出させてくれる旅のワンショット。
(アメリカ アリゾナ州ツーソンの街外れにて)

 

Profile

イシズマサシ

1963 年広島生まれ。武蔵野美術大学卒業後、グラフィックデザイナーを経て、渡米。そのまま、三年間海外を放浪する。旅の途中でダライ・ラマ氏を撮影(写真家として初のポートレイト)。帰国後、写真と執筆業に携わる。
著書『月とキャベツ』写真集(ぶんか社)/『モメント イン ピース』(リトルモア)/『東京遺跡』(メディアファクトリー)/『道草者-moment in peace』(求龍堂)/『どうして そんなに ないてるの?』(えほんの杜)/『あっちがわ』(岩崎書店)/『ぼくはダンサー』(岩崎書店)他多数。今春より雑誌『週刊金曜日』にて「リトルてんちゃん」(4コマ漫画)連載開始。

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