「Alexandrite Gala -炎の復活祭-」前幕は東京タワーから
岡脇 柚太加
もともと写真家ではなかった人が、なぜ人を動かす一枚を撮るのか
出発点を、正直に書きます
正直に申し上げます。私はこれまで、バレエの写真というものに、心を強く動かされた経験がほとんどありませんでした。舞台の記録としては美しい一枚があっても、その先で「立ち止まらされる」ような写真には、なかなか出会ってこなかったのです。
その私が、ただ一人、その仕事の前で毎回静かに息を呑む写真家がいます。 後藤奈津子。本展の写真家であり、私と長年バレエ事業を共に立ち上げてきた、共同創業者でもあります。
そして、ここから書くことが、この文章の核心です。
後藤奈津子は、もともとカメラとは何の接点もない人間でした。後藤が初めて意識してカメラを手にしたのは、2020年。コロナ禍の混乱の只中でした。
バレエ事業の活動継続の活路を探して
2020年、世界中の劇場の幕が、一斉に降りました。私たちの教室も、バレエ団も例外ではなく、お客様の前で踊る場も、生徒たちと向き合う場も、一瞬で失われたのです。
事業を生き延びさせるため、多方面を模索し、オンライン配信にも活路を求めました。活動を継続するため、希望の光を届けるため。その手段の一つとして、後藤はカメラを手にしました。
カメラは本体とレンズが分かれることすら知らなかった人が、配信設計を組み、静止画を撮り、いつしかその静止画が、見る人を本気で動かすようになっていきました。私はその過程をただ近くで見ていた一人にすぎません。
「撮影するべきものは、それ自体が教えてくれる」
なぜ、もともと写真家ではなかった人間が、ここまで人を動かす写真を撮れるのか。 私なりに考え続けてきた答えを、書かせていただきます。
後藤の写真を見ていると、繰り返し感じることがあります。物事の本質を、正確に映し出しているということです。
私はその作風に、後藤のすべてが表れていると思っています。
いまや後藤は、SONY認定プロカメラマンとして名を連ねる写真家です。しかしその出発点は、写真の道を志した若き日でも、職業としての撮影現場でもありませんでした。希望の光を届けるという「必要」から、後藤はカメラを手にしたのです。
だからこそ、後藤のレンズは、確かな技術を備えながらも、常に被写体の本質を捉え続けているだと思います。
撮影者は、何を「選ぶ」のか
舞台写真は、不思議なジャンルです。演目も照明も振付も決まっている。客席から見える光景は、誰が撮っても大きくは変わらないはずです。それでも、後藤奈津子の写真は、なぜか観る者に語りかけてくる。
その差は、被写体そのものではなく、「何を起きたこととして選び取るか」にあるのだと、私は彼女の仕事から学びました。
同じ舞台を撮っていても、その選択の連続が、写真にその撮影者の「見ているもの」を刻みます。 後藤が見ているのは、おそらく舞台上の完成された美ではありません。その美を成立させてきた、意志の軌跡と、身体の履歴です。彼女のレンズは、常にそこに向けられています。
視覚だけで撮っていない、ということ
もう一つ、後藤の仕事を語るうえで欠かせないことがあります。 彼女は、視覚だけで撮っていない、ということです。
自分の写真を見返すと、声や足音まで聞こえる気がする。ベテランのダンサーが舞台に向かう一瞬、集中が研ぎ澄まされていく音のようなものを、感じ取ることがある。後藤はそう語ります。
私はその話を聞くたび、判然としない表情を浮かべてきたものです。しかし、彼女の写真の前に立つたび、その意味の輪郭が、少しずつ明らかになっていきます。
後藤のレンズは、視覚だけでなく、音、圧、呼吸、沈黙までも写し取ろうとしている。だから写真が単なる記録に留まらず、「空気ごと」届くのです。観る者がその場で動けなくなるのは、おそらくそのためです。
一枚の写真が、人生を想起させる
私なりに、後藤の写真の核心を、言葉にするとこうなります。
一枚の写真が、被写体のこれまでの人生、覚悟、決断を、見る側に想起させる。
舞台の華やかさや、トウシューズに包まれた指先の美しさだけではありません。その指先が、何百回、何千回と床を蹴り続けてきたこと。その人が選び、捨て、譲らなかったもの。それらすべてが、一枚の写真から立ち上がってくるのです。
写真を「観る」のではなく、写真と「対峙する」。 後藤奈津子の写真は、観る側にもその姿勢を静かに求めます。
そして私は、その「対峙」こそが、一枚の写真の最も尊い在り方だと考えています。
そして、東京タワーへ。
そんな後藤奈津子のレンズが、引退公演のあの日から捉え続けてきた記録が、この夏、東京タワーの足元に並びます。
【写真展 Alexandrite Gala ワシリーエフ復活への軌跡】 会期:2026年6月27日(土)〜7月5日(日) 会場:東京タワー フットタウン3階 TOWER GALLERY 入場:無料
引退を覚悟していた世界的ダンサー、イワン・ワシリーエフが、日本の客席に動かされ、「もう一度踊る」と決意を翻した。その軌跡を、後藤のレンズは最も近い距離で見つめ続けていました。
会場には、舞台上の伝説だけでなく、袖で息を整える背中、指先に宿る決意、誰にも見られていないと思っている瞬間の眼差しが並びます。一枚一枚の前に立ったとき、皆さまの中に何が立ち上がるのか。それは、私たちが用意するものではなく、写真と皆さまとのあいだで、その場に生まれるものです。
一枚の写真が、人を動かす日があると、私は本気で信じております。
そのために、私は明日もこの仕事に向き合います。
岡脇柚太加
◼︎「Alexandrite Gala〜炎の復活祭」公演情報はこちら
https://stage.most-arts.com/lp/love-of-my-life/
Profile
岡脇 柚太加
岡脇柚太加(おかわき・ゆたか) 1991年元日、徳島県那賀川町生まれ。三歳でバレエの扉を開け、十六歳で単身上阪。国内外での活動を経て二十二歳で上京し、翌年からバレエスクール事業を立ち上げる。現在は株式会社LaBALL代表取締役として都内十五ヶ所のバレエ教室を運営、みなとシティバレエ団を主宰する。「人が、誰かと一緒に喜んでいる顔が見たい」——その一点から、家族の愛が育つ教室と、見知らぬ誰かの人生が動く観劇体験を、仲間とともにつくり続けている。
岡脇 柚太加
TTA STORE MANAGER/ライター
ヤシキ ケンジ
岡脇 柚太加
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