福田昂平という男に賭ける〜2025年、伝説の幕が上がった夜

岡脇 柚太加

一通のメッセージから、すべては始まった

第一回でも少しだけ触れた、福田昂平という男について記したいと思います。

二人が初めて言葉を交わしたのは、2022年の春のことでした。私が彼の発信を目にして「この人とは一度、ちゃんと話してみたい」と感じ、メッセージを送ったのが始まりです。返事は、その日のうちに届きました。

同い年。初めて会った日、私たちは日本のバレエの現在と未来について、夜が明けるまで語り合いました。立場も役割も違うのに、見ている地平がほとんど同じであることに、互いに少なからず驚きを覚えていたように思います。

そのときから、福田は私の知らないところでも、私の仕事や考え方を周囲に丁寧に伝えてくれていました。何の見返りもないにもかかわらず、自らの時間を割いて。後になってそれを知ったとき、私は静かに確信しました。この人とは、長く一緒に仕事ができる、と。

「ワシリーエフをやる」と、彼は言った

それから2年後、2024年の暮れ。福田から一本の連絡が入ります。

——「ワシリーエフの引退公演を、日本でやる」

私は、笑いました。あまりにも無謀で、あまりにも美しい話だったからです。

イワン・ワシリーエフ。ボリショイ劇場とミハイロフスキー劇場のゲストプリンシパルを務め、ブノワ賞を受賞し、ロシア名誉芸術家の称号を持つ、文字どおりの「伝説」と呼ぶべき存在です。その引退の幕を、日本の、しかも一人の青年が担う。常識で考えれば、狂気の沙汰でしかありません。

しかし、福田はそれをやり遂げました。

クラウドファンディングには、3,500万円を超える支援が集まり、続く2026年復活公演では、開始わずか1時間で600万円、最終的に目標の909%、約4,500万円に到達しました。日本のバレエ分野におけるクラウドファンディングとしては過去最高額となります。

ここで強調したいのは数字ではありません。 私が本当にお伝えしたいのは、その支援を集めるために、福田が何を差し出していたか、ということです。

ロシアで、ただ一人

福田は、今この瞬間もロシアにいます。

世界中のダンサーと交渉し、プロモーターと調整を重ね擦り合わせ、契約書を読み込み、深夜まで電話を握り続ける。そして朝になればまた舞台に立つ。すべての責任を、たった一人で背負いながら。

私も経営者の端くれですから、その重圧の質量は、想像するだけで息が詰まります。けれど彼は、笑いながらやっている。「面白いよね」と言いながら、やっているのです。

ある人は彼を「令和のディアギレフ」と呼びます。バレエ・リュスを率いて二十世紀の芸術を根底から塗り替えた興行師、セルゲイ・ディアギレフ。福田に向けられたその比喩を、私は決して大袈裟だとは思いません。人を惹きつける求心力。世界のスターを動かす人間力。そして、誰よりも先に「美しい無謀」に手を伸ばす度胸。彼には、それらがすべて揃っています。

であれば、私の役割は、もう決まっています。 彼が描く夢を、数字と戦略で、現実のものにすること。 彼が命を削って挑んでいるならば、私は私の持てるものをすべて差し出してでも、その隣にあり続けたい。そう、決めているのです。

2025年、客席で見た景色

【Alexandrite Gala -最後のワシリーエフ-】。 2025年、私たちは、伝説の引退公演の隣に立ち会わせていただきました。

そして、あの客席で見た景色こそが、私の仕事観をもう一度ほどき、結び直したのです。

第一回にも書きました。日本のバレエ公演には、ノルマで集められた友人同士が義理で客席を埋め、誰の心も動かないまま幕が降りる。そうした現場が、まだ少なからず残っています。長くこの業界に身を置いてきた私は、いつしか、その光景に慣れすぎていたのかもしれません。

ところが、あの夜は違いました。

自らの意思でチケットを買い、自らの足で劇場へ向かい、ワシリーエフ一人のために集まったお客様。一幕が終わるごとに、客席全体が震えるように立ち上がる。涙を流す方、声を絞り出すように「ブラボー」と叫ぶ方、ただ呆然と拍手を送り続ける方。

その熱量は、舞台の上の伝説をも、確かに動かしました。

引退を覚悟して日本に降り立っていたはずのワシリーエフが、その公演の最中に「もう一度、日本で踊る」と決意を翻したのです。終わるはずだった物語が、観客の本気によって、その場で書き換わった瞬間でした。

そして、その記録が東京タワーへ

あの夜の熱量を、一枚の写真も逃さず捉え続けていた一人の写真家がいます。後藤奈津子。彼女のレンズについては、次回ゆっくり書かせてください。

ただ、ひとつだけお伝えしておきます。この夏、東京タワー TOWER GALLERY にて、【写真展 Alexandrite Gala ワシリーエフ復活への軌跡】を開催いたします(会期:2026年6月27日〜7月5日、入場無料)。あの夜の客席の体温が、東京タワーの足元に立ち上がる九日間です。

そして8月18日からは、めぐろパーシモンホールと豊中市立文化芸術センターにて、本公演【Alexandrite Gala -炎の復活祭-】の幕が上がります。書き換えられた「もう一度」を、私たちで現実のものにするために。

志を共にする者の隣に、確かに立ち続けること。それが、私が福田昂平という一人の興行家に対して、自らに課した責務であると考えております。

彼が切り拓こうとしている景色の、その先にあるものを、私もまた共に見届けたいと願っております。 そのために、私は明日もこの仕事に向き合います。

岡脇柚太加

◼︎「写真展AlexandriteGala ワシリーエフ復活への軌跡」2026年6月27日(土)から7月5日(日)まで

https://tta-keikaku.jp/future/1677/

◼︎「Alexandrite Gala〜炎の復活祭」公演情報はこちら

https://stage.most-arts.com/lp/love-of-my-life/

Profile

岡脇 柚太加

岡脇柚太加(おかわき・ゆたか) 1991年元日、徳島県那賀川町生まれ。三歳でバレエの扉を開け、十六歳で単身上阪。国内外での活動を経て二十二歳で上京し、翌年からバレエスクール事業を立ち上げる。現在は株式会社LaBALL代表取締役として都内十五ヶ所のバレエ教室を運営、みなとシティバレエ団を主宰する。「人が、誰かと一緒に喜んでいる顔が見たい」——その一点から、家族の愛が育つ教室と、見知らぬ誰かの人生が動く観劇体験を、仲間とともにつくり続けている。

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