「色とカフェラテ」

女優

祷 キララ

「色とカフェラテは、私の友達。」

2、3年くらい前、私はブログにそう書いた。
その頃の自分は、衝動的で、敏感で、はげしかった。
何もかも忘れちゃうくらい楽しかったり、何もかもが途轍もなく寂しかったりした。

ブログを書くのは夜中ばかりだった。
寂しさをすりつぶすように、何時間もかけて言葉を綴った。
ブログはサービスが終了してもう読めなくなってしまったのだけれど、なんだかふと、その頃のことを思い出した。

あの日は、知り合ったばかりの友達から連絡がきたんだった。
その子の友達の誕生日パーティーをやるらしかった。

「仲のいい何人かでご飯食べるだけだから、面識なくても大丈夫!」

普段はあんまり行かないような誘いだったけど、その日はなんとなく気になった。部屋の中、1人で夜を過ごすのが本当に苦手だったし。強烈な寂しさを打ち砕くことができるのは、鮮烈な「だれか」だと思っていたし。
何かを求めて渋谷へ向かった。じとじとした、暑い日だった。

パーティーは楽しくなかった。
出会ったのは親切で、良い人たちだった。だけどたぶん、好きなものとか人とかの空気やジャンルが全然違った。その違いを飛び越えられる瞬間も見つからず、エネルギーもなんだか湧いてこない。違和感は見えない壁になって、すぐそこにいる人の声も顔も、うっすら遠く、遠くに感じた。

「私の好きなものとか人って、どんなだっけ、そういえば。」
笑ったり喋ったりしながら、心は自分の内側にばかり向いていた。

帰り道、グループの中にいた女の子が突然泣き始めた。最近そのグループ内の人間関係に色々あったらしい。
楽しそうに見えても、みんないろいろあるんだな。泣いてる女の子を両側から覗きこんで励ましていた男の子と女の子が、帰りの電車ではお互いを励まし合っていた。別れ際、2人は爽やかに笑って、手を振ってくれた。

最寄駅につくとどっと疲れた。気まずいような、後ろ暗いような感じがあった。でも自分が今どんな感情なのかよくわからなかった。
そのままふらふらと街を歩き回った。誰かに連絡してみようかと思ったけど、誰に会いたいのかわからない。なんとなく寂しい。歩いた。ひたすらに。

住宅街を歩いている時、切ないような甘い香りがした。ジャスミンの花だった。電気の消えた部屋の窓を覆い隠すように、花がわっさり垂れていた。近くで嗅ぐと、ワイルドで強い匂い。ひんやりした夜の空気も一緒に鼻に抜ける。いいな、と思った。
夏の涼しい夜はちょっと好きだ。ジャスミンの匂いも色も、好きだ。また歩き始める。

ふと、絵を描こう、と思った。
アイスカフェラテを買おう!と思い立った。
目がパッと醒めてきて、心が晴れそうな予感がした。

絵の具とスケッチブック、コンビニのカフェラテは、いつも変わらずそこにある。
人には人の勝手がある。私にも、「だれか」にも。何もかも変わってく。
ジャスミンの花の、白。虫の死骸の、何色、だろう。色と、カフェラテ。ってなんかかわいい響き。
一年前、原宿で買ったクロッキー帳。表紙の猫のイラストに一目惚れしたんだった。引き出しの中に、青い絵筆があったはず。百円ショップの絵の具セット。パステルを詰め込んだ小箱。幼馴染がお土産でくれた、パイナップル型の木皿。

思い出す。歩き続ける。

今夜、人間と通じ合えなくたって、色とカフェラテと踊れたら。

ストローをまわして、がらがらと氷を鳴らす。片手にカフェラテがある。それだけでちょっと豊かな気持ちになる。わざと一気に吸い込んで、内臓をひゅうっと冷やす。赤とか青とか、白とか緑とか、好き勝手に絵の具を搾り出して、新しい色をつくっていく。スケッチブックに色をのせて、ひっぱったりにじませたり、線を描いたり波をつくったり。星を走らせても、海を笑わせても、太陽を叩き割ったってなんだって。

何を描くわけでも、誰のためでもなく、ひたすらに、思うままに、色を重ねる。カフェラテを飲み終えたらカップを洗って水入れにした。気がつくと夜は明けていた。あたりがすっかり明るくなった頃、出来上がった絵を本棚に立てかけて、わたしは眠った。

いつもただそばにいてくれる、色とカフェラテは、私の友達。

苦しかった日々だけど、あのとき見つけた言葉や気持ちを、今もとても大切に思う。
そういえばあの強烈な寂しさは、いつの間にか消えていた。

何もかも、いつかかならず、必ず終わる。

Profile

祷 キララ

2000年3月30日生まれ、大阪府出身。2009年に『堀川中立売』でスクリーンデビュー。主演を務めた『Dressing Up』にて第14回TAMA NEW WAVE ベスト女優賞を受賞。数々の映画・ドラマ・舞台に出演。主な出演作に『左様なら』、『アイネクライネナハトムジーク』、『サマーフィルムにのって』、『忌怪島/きかいじま』、玉田企画『영(ヨン)』、iaku『モモンバのくくり罠』など。2024年2月4日から出演する舞台パルコ・プロデュース2024『最高の家出』が紀伊國屋ホールにて上演(他、地方公演あり)。

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