
私にとってのTPD
ひとりTPD
鈴木明子(Acco)
私事だが、昨年末(2024 年)、母が新たな長い旅に出た。
私自身の旅といえる“バレエ人生” は、この母が居なくては始まらなかった。
9 歳からモダン・ダンスを習い始め、14 歳でクラシック・バレエに出会った。
「男のくせに」と、女の子に揶揄われては、バレエを続けるか迷ったことがある。
母は、バレエを、というよりモーリス・ベジャールさんの作品を見る事が好きだった。
その影響で、私はベジャールさんの作品と出会い、衝撃を受けた。
「男のバレエ」とはこうなんだと言っているかのような、力強さと繊細さを併せ持つ作品。
ダンサー達の身体表現を、画面に食い入るように、何度も、何度も見た。
もしかしたら、勇気付けようと母が気を遣って見せてくれたのかもしれない。
母は生涯を終えるまで、私にはダンサーになってほしくなかったと言っていた。
私と母の関係はなんだか複雑だった。親子なのに思考が合わず、思春期から口論が絶えなかった。
母は、自身の母( 私の祖母) とも同じような感じだったから、ただ単に短気なだけだったのかもしれない。
それでも、病に倒れ寝たきりになってからは、舞台や活動の事を伝えると、なんだか喜んでいるように見えた。
私のことを嘆きながらも、ずっと陰から応援してくれていたんだな…今では素直にそう思える。
今、母はどんな旅をしているだろうかと、この文章を綴りながらも考える。
病に倒れてからは、口から食事も摂れず、歩くことも出来なかったので辛かっただろう。
自由に、それこそ好きな舞台などを見て、過ごしていてくれたら嬉しく思う。心の片隅で、バカ息子は何をしているのかと、気にしてくれていたら良いなと、朧げに願う。そして私も、今の旅であるバレエ人生を謳歌出来るよう、律して努めるようにと、自分に言い聞かせている。
Profile
岡崎隼也 Junya Okazaki
和歌山県和歌山市出身 幼少期よりモダン・ダンスを始め、後にクラシック・バレエ、コンテンポラリー・
ダンスを始める。 2008 年チャイコフスキー記念東京バレエ団に入団。以後、海外公演を含むほとんどの
公演に出演している。 また振付家としても活動しており「東急ジルベスターコンサート2019-2020」や、
東京バレエ団において実施している振付家育成プロジェクト「コレオグラフィック・プロジェクトで新作を積極的に発表している。
ひとりTPD
鈴木明子(Acco)
水墨画家
阿多野 桐黑/tōkoku adano
バレエダンサー・写真家
マチュー・ルオー
バレエダンサー
井福俊太郎