「決めてくれた人生」

衣装デザイナー、スタイリスト

高橋 毅

趣味がある生活は気持ちを豊かにしてくれる。
薄々分かっていた事だけど、起きている間そのことばかり考えてしまう趣味というものにはなかなか出会えないのではないだろうか?

仕事が終われば飲みに行くか家でなんとなくそれなりのものを見たり聞いたりして過ごす毎日。
Sくんのあれを見るまではそんな生活をしていた。

10数年前のことだ。
頻繁に通っていた近所のおでん屋で、いつもの様に店員のSくんとくだらない会話を楽しんでいた最中、ちょっと気になって彼に目をやってみると、Sくんは裾がちぎれてボロボロになったTシャツを着ていた。
私はスタイリストという職業柄、すぐさまそのTシャツの脳内査定を始めていた。なんて図々しい性格なんだ。。。
古着業界でいうところのピンホールという小さな穴や色褪せがあると販売価格に響いてしまうものだが、Sのそれはそんなレベルではなかった。
とにかく裾がボロボロなのである。
首や袖がボロボロなのは見たことがあるが、Sくんのは裾だ。
なんでそれ着るの?おへそ見えるじゃん。と聞きたくなるくらいボロボロだ。
おまけにプリントもずいぶんと薄くなり、もはや売り物にはなり得ない即廃棄レベルのものだった。

め、めちゃくちゃかっこいい。。。

目を輝かせているのをSくんにバレないようにTシャツをしばらく凝視した後、
「どうなったらそんなボロボロになるんだよ。しかも今さらAKIRAって」
と彼に言うのだが、頭の中はもうAKIRAのT シャツのことでいっぱいになっていた。

俺も欲しい!というかそのボロボロのTシャツ、俺も着たい。

そういえば俺もAKIRAのTシャツいくつか持ってたな。
帰宅後すぐに衣装ケースからAKIRAのTシャツをざざっと引っ張り出した。
胸ロゴ入りのもの。金田のバイク、映画のポスターのものなど数枚。
でもなんだろう、正直ピンとこない。Sくんが着ていたTシャツのあの存在感にはほど遠いものしかない。

それから数日間、自分の知る限りの手段を使ってAKIRAのTシャツを調べた。

結果としてSくんのは「FASHION VICTIM」社製で1988年に発売されたTシャツだということが分かった。

それと同時に私が持っていたAKIRAのTシャツはブート品、つまり偽物だということも判明した。
古着好きなスタイリストだと思っていたが、恥ずかしながらもこのブランドは知らなかった。
「FASHION VICTIM」は日本アニメのライセンスを中心に商品展開しているアメリカのブランドのようだ。

新しいことを知れることに心を躍らせながらとにかく調べ、そして手当たり次第買った。

時にはブートを買ってしまったり、ドライロッド(加水分解)のTシャツを買ってしまい、洗濯後にプリント部分のみを残し、生地が見る影もなく溶けてしまったりなどの失敗を繰り返しながらも、ブランドでは「KIMONO MY HOUSE」「FASHION VICTIM」「ANARCHIC ADJUSTMENT」「DUB FACTORY」、ボディだと「あとりえモリタ」「ヤングマガジン」「FRUIT OF THE LOOM」「Stedman」などなど、ブートの可能性があるブランドなどの大体の目星も大体ついた。

英語と国語以外、目もあてられない成績だった私に「それなら美術大学しかない」とアドバイスをくれた先輩Tさん。
特にやることもなくだらだらと居候生活をしていた私に、洋服が好きなことを知っていたからだろうか「スタイリストになれよ」と言ってくれた師匠Lさん。
スタイリストになったはいいが方向性に迷っていた私に「作品撮りしよう」と、クリエイトの楽しみを教えてくれたヘアメイクのH氏。

これまでの人生、そのどれもが自分がイメージさえしていなかった少し先のことだった。
だけどそのアドバイスおかげで今の自分がいる。
逆に考えれば他人のアドバイスを全力で信じて身を預けられた自分のセンスの良さだとも言えるかもね。

いやいやそんな曲解したら、3人の恩人たちからすぐに見放される。
とにかく自分では「決められなかった人生」だった。
でもこの人生はふらふらして不安定だが、自分にはしっくりきて気に入っている。

とはいえこれまでの自分の収集癖は、ジャンル問わず色々と集めては飽きての繰り返しだったが、
SくんのAKIRAのTシャツを見てズシンと芯が通った感じの自分の趣味ができた。

「決めてくれた人生」

ありがとうSくん。あなたのおかけで自分から決めることができたよ。

あの日にボロボロのTシャツを着た理由はまだ聞けていないが、あの日のことは自分の中での大事件だっただけに単に理由をつけたいだけで、Sくんにとってはいつものことだし、大した理由はないだろう。
だけどあの日にSくんがAKIRAのTシャツを着ていた事にものすごく感謝している。
そしてあの日におでん屋に行った自分にもナイスセンスだったと褒めてあげたい。

AKIRAという素晴らしい漫画は当然知っていたし本も持っている。
だけど漫画の側面でこんなにかっこいいTシャツが存在していたことを知れたことが嬉しくて、自分だけが知っている秘密みたいにとても得した気分でそれ以来は調べたり買ったりする毎日を過ごしている。
悦入している自分が滑稽だけれども、好きになってしまった以上そんなことはどうでもいい。

まぁそれもひっくるめて、とにかく大友克洋先生は偉大すぎるということだ。

続く

Sくんの着ていたTシャツと同じもの

Profile

高橋 毅

武蔵野美術大学卒業後、スタイリストに。
代表作として「JOJO×資生堂」「米津玄師×playstation」(広告賞ACCにて衣装賞受賞)。ここ数年は衣装デザイナーとしての活動が多い。他にAimer「残響散花」、舞台「ピーターパン」、三浦大知「over」ツアー衣装など多数。絵を描くことが好きなスタイリスト。

読んでくれてありがとうございます。
ここではAKIRA Tシャツの他に、イラストや日々のちょっとしたことなどを掲載していくつもりですのでどうぞよろしく。

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